AI時代の発信幻想 #06
発信をやめた人たちは、どこへ行ったのだろう
昔よく更新していたブログが、突然止まることがある。
noteもそうだ。
毎日のように投稿していた人が、ある日を境に静かになる。
最初は気づかない。
でも数か月後、「そういえば最近見ないな」と思う。
私は最近、そういう人たちのことを考える。
発信をやめた人たちは、どこへ行ったのだろう。
きっと、多くの人は最初から諦めていたわけではない。
むしろ、本気だったのだと思う。
頑張っていた。
毎日考えていた。
収益化したかった。
人生を変えたかった。
でも途中で疲れてしまった。
AI時代は便利だ。
でも便利になった分、「やるべきこと」も増えた。
ブログだけでは足りない気がする。
SNSも必要。
AIも学ばなければいけない。
動画も気になる。
すると、ずっと発信のことを考える状態になる。
休めなくなる。
そして静かに消えていく。
私は最近、その人たちを「継続できなかった人」と呼ぶのは違う気がしている。
むしろ、頑張りすぎた人たちなのかもしれない。
数か月も記事を書き続け、継続させることがまずは第一の関門になる。
パソコンの作業は覚えるだけでも大変です。
AI時代が来る前は「夢」・「自由」・「希望」をつかむために、
地道な作業が繰り返されたと思う。
私は建築会社を経営している。
絶対に後戻りは出来ないこと、逃げ出すことはできないこと、
これが、体にしみついている。
休むことはできない。
「いつかの」の夢をつかむまでは。
頑張り過ぎず、力を少し抜いていこう。

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