それでも今日も記事を書いてしまう

発信疲れ・SNS依存

AI時代の発信幻想 #10

それでも今日も記事を書いてしまう

アクセスが伸びない日がある。

記事を書いても、ほとんど読まれない日もある。

Search Consoleを開いてみても、数字がほとんど動いていない。

時間をかけて書いた記事が、なかなか検索に出てこないこともある。

そんな日は、

「何のために、こんなことをやっているんだろう」

と思うことがある。

私は22歳から建築の仕事をしてきた。

現場に出て、職人さんと仕事をして、お客さんと話をして、見積もりを作って、会社を経営してきた。

35年以上続けてきた仕事だから、建築のことならある程度先が読める。

工事が始まれば、次に何をしなければならないか分かる。

問題が起きても、今までの経験から対応できることも多い。

ところが、60歳を前に始めたブログはまったく違った。

私は完全な初心者だった。

WordPressもよく分からない。

SEOも分からない。

Search Consoleという言葉さえ、最初は知らなかった。

インデックス。

クリック数。

表示回数。

検索順位。

ブログを始めてから、今まで使ったことのない言葉をいくつも覚えた。

分からないことが出てくるたびに調べた。

それでも分からなければAIに聞いた。

一つ覚えたと思ったら、また分からないことが出てくる。

それを繰り返しているうちに、気づけば記事を書き続けていた。

でも、ブログというのは不思議なものだ。

建築なら、仕事をした結果が目の前に残る。

古かった部屋がきれいになる。

壊れていたところが直る。

工事が終われば、お客さんに引き渡す。

「終わった」

という瞬間がある。

ブログには、それがなかなかない。

記事を書いて公開しても、それで終わりではない。

読まれるかもしれない。

読まれないかもしれない。

検索に出るかもしれない。

なかなか出ないかもしれない。

昨日まで表示されていた記事の数字が、今日は動かないこともある。

最初の頃は、そのたびに一喜一憂した。

数字が増えれば嬉しい。

増えなければ、

「この記事は駄目だったのかな」

と思う。

検索順位が上がれば嬉しい。

下がれば理由を考える。

そして、またAIに相談する。

「どうしてだろう」

「どこを直したらいいだろう」

「次は何をすればいいだろう」

そんなことを繰り返してきた。

何度か、

「もういいかな」

と思ったこともある。

本業がある。

会社の仕事もある。

現場のことも考えなければならない。

ブログを書かなかったからといって、生活できなくなるわけでもない。

パソコンを閉じてしまえば、それで終わる。

それなのに、次の日になると、また開いている。

記事を書いている。

数字を見ている。

何かを調べている。

AIに相談している。

自分でも少し不思議だった。

なぜ、そこまでして続けるのだろう。

最初は、

「ブログで結果を出したいから」

だと思っていた。

もちろん、それもある。

せっかく始めたのだから、読んでもらいたい。

検索から人が来てくれたら嬉しい。

いつか収益につながれば、それも嬉しい。

でも、それだけではないような気がしてきた。

ブログを始めてから、私は35年以上やってきた仕事を、あらためて振り返るようになった。

昔の現場を思い出す。

お客さんとの会話を思い出す。

失敗した仕事を思い出す。

職人さんから教えてもらったことを思い出す。

会社を続けてきた中で、自分が何を考えてきたのかを振り返る。

頭の中にしかなかったものを文章にすると、

「あのとき、自分はこんなことを考えていたんだな」

と、自分自身で気づくことがある。

ブログを書くことは、誰かに読んでもらうためだけではなかった。

自分が生きてきた時間を、もう一度見つめる作業でもあった。

そして、もう一つある。

60歳を前にして、私はまた初心者になった。

これは自分にとって、思っていた以上に大きかった。

35年以上同じ業界にいると、知っていることが増える。

人から聞かれる側になる。

判断する側になる。

ところがブログでは違う。

分からないことばかりだ。

失敗もする。

間違える。

やり直す。

昨日まで知らなかったことを、一つ覚える。

今日できなかったことが、明日できるようになる。

それが、少し嬉しい。

年齢を重ねると、新しいことを始める機会は少なくなると思っていた。

でも、自分で始めればいいだけだった。

ブログを始めたことで、それに気づいた。

だから、アクセスが伸びない日でも、また記事を書いてしまうのかもしれない。

結果が出ていないから続けている、というより、

まだ自分が変わっている途中だから、続けている。

そんな気がしている。

私はブログの成功者ではない。

SEOの専門家でもない。

AIの専門家でもない。

今でも分からないことはたくさんある。

記事を書いて、

公開して、

数字を見て、

失敗して、

考えて、

AIに相談して、

またやってみる。

その繰り返しだ。

でも、昨日できなかったことが、今日は少しできるようになっている。

それだけでも、始めた意味はあったのではないかと思う。

そして記事を書く時間には、もう一つ好きなところがある。

パソコンの前で一人になって、自分の頭の中にあるものを文章にしている時間だ。

仕事のこと。

家族のこと。

昔の出来事。

これからやってみたいこと。

普段なら、そのまま通り過ぎてしまうようなことを、文章を書くことで一度立ち止まって考える。

その時間だけは、少しだけ時間の流れが変わる。

考える。

思い出す。

言葉にする。

そして誰かが、いつかその文章を読むかもしれない。

名前も知らない誰かが、

「自分も同じことを考えていた」

と思ってくれるかもしれない。

それで十分なのかもしれない。

もちろん、これからも数字は見ると思う。

アクセスが増えれば喜ぶ。

検索順位が上がれば嬉しい。

逆に数字が下がれば、また考えるだろう。

それも含めてブログなのだと思っている。

でも、数字だけが続ける理由ではなくなってきた。

考え続けたい。

時代とつながっていたい。

誰かと静かにつながっていたい。

そして何より、

自分自身が、まだ前へ進んでいると思っていたい。

だから今日も、記事を書いてしまう。

答えはまだ出ていない。

ブログがこの先どうなるのかも分からない。

でも、今はそれでいい。

60歳を前に始めた新しい挑戦が、この先どこまで続くのか。

私自身にも分からない。

分からないからこそ、もう少し続けてみたい。

今日書いたこの記事も、その途中の一つだ。

そして明日になったら、私はまたパソコンを開いているのだと思う。


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