検索順位を見始めると苦しくなる

AI時代の発信幻想

AI時代の発信幻想 #13

検索順位を見始めると苦しくなる

検索順位を見始めると苦しくなる。

ブログを始めた頃は違った。

とにかく記事を書くことに集中していた。

何を書こうか。

どんなタイトルにしようか。

どんな体験を書こうか。

そのことばかり考えていた。

しかし記事が増え始めると、少しずつ気になるものが出てくる。

検索順位だ。


Googleで自分の記事を探してみる。

記事タイトルを入力する。

出てこない。

少し違う言葉で検索する。

それでも出てこない。

ようやく何ページも先に見つかる。

少し落ち込む。

そんな経験をした人は多いと思う。

私もその一人だ。


Googleサーチコンソールを導入した。

最初は嬉しかった。

自分のブログがGoogleに認識された気がした。

検索キーワードも見られる。

表示回数も見られる。

順位も見られる。

便利だった。

しかし便利なものは、ときに人を苦しめる。


気づけば毎日見ている。

朝起きて確認する。

仕事の休憩中に見る。

夜にも見る。

何か変わっていないだろうか。

順位は上がっただろうか。

クリックは増えただろうか。

そんなことばかり考えるようになった。


建築やリフォームの仕事では、毎日数字が変わるわけではない。

工事は少しずつ進む。

完成まで時間がかかる。

だから焦っても仕方がない。

しかしブログは違う。

数字が毎日見えてしまう。

それが不思議なところだ。


表示回数。

クリック数。

掲載順位。

インデックス状況。

すべて見える。

見えるから気になる。

気になるから見る。

見るから苦しくなる。

そんな循環に入ってしまう。


昔の私は、記事を書けば満足していた。

公開したら終わりだった。

でも今は違う。

公開してからが始まりになっている。

検索順位を確認する。

アクセスを確認する。

SNSの反応を見る。

数字を見る時間のほうが長くなっている気さえする。


AI時代になって、この傾向はさらに強くなったように思う。

AIで記事を書ける。

タイトルも考えてくれる。

構成も作れる。

だから記事作成そのものは早くなった。

しかしその分、空いた時間で何をするかというと、数字を見てしまう。

サーチコンソール。

アナリティクス。

SNS。

またサーチコンソール。

そんな毎日になっている人も少なくないと思う。


不思議なのは、順位が上がっても安心できないことだ。

30位なら20位を目指したくなる。

20位なら10位が気になる。

10位なら5位が気になる。

結局、満足する場所がない。


これは収益化にも似ている。

月に1000円なら1万円を目指す。

1万円なら5万円。

5万円なら10万円。

人は慣れてしまう。

そして新しい目標を探す。

検索順位も同じなのかもしれない。


私は最近思う。

検索順位は大切だ。

SEOも大切だ。

インデックスも大切だ。

でも、それだけではない。


なぜなら、このブログを始めた理由は順位ではなかったからだ。

最初はもっと単純だった。

AI時代に迷っている人間を記録したかった。

収益化できない人たちを観察したかった。

副業に期待している人たちを見ていたかった。

そのはずだった。


しかし数字を見始めると、その目的を忘れそうになる。

いつの間にか順位のために書いている。

クリックのために書いている。

評価のために書いている。

そんな状態になることがある。


もちろん数字は大切だ。

誰にも読まれなければ意味がない。

検索から来てもらうことも必要だ。

しかし数字だけになると苦しくなる。

なぜなら数字には終わりがないからだ。


建築の仕事なら完成がある。

リフォームなら引き渡しがある。

達成感がある。

しかしブログには終わりがない。

順位を追い続ける限り、永遠にゴールがない。


だから最近は少し考え方を変えている。

順位を見る日を減らそうと思っている。

毎日ではなく週に一度。

数字を見る時間より記事を書く時間を増やしたい。

本来やりたかったことに戻りたい。


それでも完全にはできない。

気になる。

見てしまう。

検索順位を確認してしまう。

サーチコンソールを開いてしまう。

その繰り返しだ。


もしかすると、多くの発信者が同じことをしているのかもしれない。

記事を書く。

公開する。

順位を見る。

落ち込む。

また書く。

そしてまた順位を見る。


AI時代になっても、この行動は変わらなかった。

むしろ強くなった気がする。

便利になったからこそ、数字を見る機会も増えた。

情報も増えた。

比較対象も増えた。

だから苦しくなる。


それでも私は思う。

検索順位を気にすること自体は悪くない。

問題は、それが発信の目的になることだ。

順位は結果であって目的ではない。

たぶん私は何度も忘れる。

そして何度も思い出す。


今日もまたサーチコンソールを開くと思う。

検索順位も見ると思う。

でも少しだけ意識してみたい。

数字の向こうにいる人のことを。

そして数字になる前の、自分が書きたかった言葉のことを。


検索順位を見始めると苦しくなる。

でも、その苦しさもまた、AI時代に発信を続ける人間の一部なのかもしれない。

 

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