AI時代の発信幻想 #03
AIで記事を書けるのに、不安だけは消えなかった
初めてAIで記事を書いた時、少し驚いた。
こんなに簡単に文章が出るのかと思った。
タイトルも作ってくれる。
構成も考えてくれる。
言葉も整えてくれる。
「これなら、自分でも続けられるかもしれない」
そう感じた。
実際、AIのおかげで書けるようになった記事も多い。
止まっていた手が動く。
考えが整理される。
何を書けばいいか分からない時にも、ヒントをくれる。
昔の自分なら、途中で諦めていたかもしれない。
でも、不思議だった。
記事を書けるようになったのに、不安は消えなかった。
むしろ増えた部分もある。
AIで誰でも記事を書ける時代。
じゃあ、自分が書く意味は何なのだろう。
そんなことを考えるようになった。
頭の中には経験がある。でも文章にはできなかった
私は22歳から建築業界に携わり、35年以上、現場と経営を続けてきた。
現場のことなら話せる。
リフォームのことも、見積りのことも、職人との付き合い方も、お客様とのやり取りも、自分なりに経験してきた。
ところが、それをブログの記事にしようとすると話は別だった。
頭の中には経験がある。
伝えたいこともある。
でも、パソコンの前に座ると文章にならない。
「最初に何を書けばいいんだ?」
「この説明で伝わるのか?」
「タイトルはこれでいいのか?」
ブログを始めた頃は、そんなことばかり考えていた。
そこでAIに相談するようになった。
自分が経験してきたことを話して、
「これを初めて読む人にも分かるようにしたい」
と相談する。
すると、バラバラだった考えが少しずつ整理されていった。
私にとってAIは、記事を代わりに書く機械というより、頭の中にある35年以上の経験を言葉にするための相手になっていった。
AIが書けることと、人に読まれることは違った
AIを使えば記事は書ける。
最初は、それだけでも大きな発見だった。
ところが、ブログを実際に続けてみると、次の壁が出てきた。
記事を書いたからといって、読んでもらえるわけではない。
私は一つだけではなく、複数のブログを運営するようになった。
記事を書き、公開する。
また書く。
それでもアクセスが増えない。
Google Search Consoleを見ても、クリックされない。
そもそも検索結果にほとんど表示されない記事もある。
「こんなに書いているのに、誰にも読まれていないのか」
そう思ったこともある。
そこで初めて分かった。
AIが文章を書けることと、人に読まれる記事を作れることは同じではない。
検索する人が何を知りたいのか。
自分は何を伝えられるのか。
自分にしか書けない経験は何なのか。
そこまで考えなければ、文章が完成しても「記事」は完成しない。
これは実際にブログを続けてみなければ、私には分からなかったことだった。
昔は「書けない苦しさ」、今は「書けてしまう苦しさ」
昔は「書けない苦しさ」があった。
今は「書けてしまう苦しさ」がある。
AIが優秀になるほど、人間側の迷いが増えていく。
本当にこれでいいのか。
この言葉は、自分の言葉なのか。
AIが作った文章をそのまま公開して、本当に自分の記事と言えるのか。
そんなことを考えるようになった。
そして、少しずつAIとの付き合い方も変わってきた。
私はAIに答えだけを求めるのではなく、
「自分はこう思うけど、どう思う?」
「この経験から何が伝えられるだろう?」
と相談することが増えた。
するとAIとの会話そのものが、自分の考えを整理する時間になっていった。
本当に欲しかったのは「記事生成」ではなかった
夜、仕事を終えてからパソコンを開く。
AIと話しながら記事を書く。
ブログの数字を見る。
思ったようにいかない。
またAIに相談する。
そんなことを繰り返している。
AI副業に希望を見ている。
でも同時に、不安も感じている。
取り残される怖さ。
置いていかれる感覚。
「今やらないと遅い」という焦り。
だから、またAIツールを試す。
また記事を書く。
また数字を見る。
でも最近、少し考え方が変わってきた。
本当に欲しかったのは「記事生成」ではなかったのかもしれない。
一緒に考えてくれる存在が欲しかった。
AIに答えを決めてもらいたいわけではない。
自分の中にある経験や考えを整理しながら、
「じゃあ、自分はどうする?」
そこまで考えるための相手が欲しかったのだと思う。
AIは答えを出してくれる。
でも、最後に決めるのは自分だ。
そして最後に記事を書く意味を作るのも、やはり自分なのだと思う。
AIで記事を書けるようになった。
それでも、不安は消えなかった。
でも今は、それでいいと思っている。
迷いながらAIを使う。
失敗しながらブログを書く。
アクセスが来なければ、また考える。
そして、自分の経験をもう一度言葉にする。
AI時代だからこそ、人間が経験したことを書く意味は、むしろ大きくなっていくのかもしれない。
そんなことを考えながら、今日もAIと会話しながら記事を書いている。
🍃 書けるようになったからこそ、新しく見えてきた迷いがありました。
🍃 AI時代の発信幻想
AI時代になり誰でも発信できるようになった一方で、不安や焦りも増えている。発信者たちが追われ続ける「発信幻想」について考察。
リンク先URL:https://aihassinn.online/aijidai-hassinngennsou/
🍃 普通の人が発信する意味は、まだ残っているのだろうか
AIが文章を書く時代に、普通の人が発信する意味はまだ残っているのだろうか。不完全な人間の言葉について考えた記録。
リンク先URL:
https://aihassinn.online/hutuunohitogahssinnsuruimi/


コメント